ブラジル日記

ブラジル経済の主要話題や各産業セクターの実情等、現地報道と体験に基づく考察。

原油安ショックとプレソルト開発

昨年後半から始まった原油価格の下落は、現在も下げ止まる様子を見せていません。2011年には1バレル100〜120ドルで推移していたブレンドオイルは、12月の2週目には40%超のマイナスとなる、1バレル60ドルまで下落しました。そして、今年に入り1バレル45ドルまで下落しています。そこで今回は、原油価格の下落とブラジルのプレソルト開発の関係について見てみたいと思います。

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ブラジルでは今回の原油価格の下落によって、ペトロブラスによるプレソルト開発への影響を懸念する声が経済界から上がっています(もちろんペトロブラス内部の汚職問題も不安に拍車をかける格好となっています)。なぜなら、ペトロブラスは2014〜2018年の4年間で2,204億ドルを原油関連設備に投資する計画で、2013から2020年にかけて1日当りの原油生産量を190万バレルから420万バレルまで引き上げようとしており、その投資の大部分を占めるのがプレソルト開発関連投資だからです。

 

確かに、非常に短期的な見方ですが原油価格の急激な下落が、ペトロブラスとって一部好材料になり得るとの指摘もあります。それは、原油価格が高騰していた時に、インフレ対策として導入された政府による石油製品に対する価格介入が是正される可能性がある為です(海外の高い原油を買う一方、政府が補助金を出して国内市場にガソリンを安く供給していた)。価格介入の結果、政府は2011〜2014年で累積594億レアルの赤字を背負っていますが、現在ブラジル市場のガソリン価格より、国際市場価格が低い状態が続いているので、 価格介入を継続する必要性がなくなり、仮に終了すれば、ペトロブラスが国際市場から原油製品を調達し、国内市場で販売する事で収入確保につなげられる見方があるからです(ペトロブラスの主要輸出品目であるディーゼルオイルに対する輸出関税が減税されることも多少プラスに働くと言われています)。

 

しかし、大方の観測は、仮に現在の原油価格レベルが今後数年間続く状況となれば、ペトロブラスの立場は危うくなるというものです。なぜなら、国際原油価格がプレソルトからの原油生産コストを下回り油田が赤字に陥るだけでなく、ペトロブラスが現在生産している原油バレル当りの収益性が大幅に低下してしまうからです。

 

まず、プレソルトの原油生産コストですが、これは以前ブログでも紹介したように、技術的な課題やロジスティクスの問題があるにもかかわらず、比較的低く抑えられていると言われています。業界関係者によると、もっとも生産性が高いエリアで1バレル40〜45ドル程度がプレソルト拡張の損益分岐点と言われています。また、1バレル60ドル以上に価格が維持されれば、ペトロブラスのエンジニア能力が向上していることも寄与し、比較的原油生産量の多い、日量2〜3千バレル生産出来る油田であれば、損益分岐点を越えることができると言われています。例えば、2010年に比べて油田採掘に掛かる平均日数は約60日減少しているというデータがあります。採掘船のリース費用は1日50万ドル程度と言われている為、ペトロブラスのエンジニアリング能力向上が採掘コスト削減につながっていることになります。

 

しかし、現在計画中の投資をすべて実行するためには、現在想定されるペトロブラスの将来フリーキャッシュフローのみでは到底賄えず、借入を実施する必要がありますが、ペトロブラスは既に既存油田の開発資金として2,400億レアル以上の債務を抱えています。これは原油高騰時期に比較的低金利の借入で、資金調達を進めてきた結果で、2011から2014年迄で純債務/EBITDA比率は1.03から3.94に上昇しています。欧米のオイルメジャーや資源メジャーはリスクに備えて自己資本比率を非常に高く保っており、手元資金で開発するスタンスを崩していませんでしたが、ペトロブラスは経営に政府が介入して以降、急速な開発推進の為に負債比率が(他の資源メジャーと比べ)大幅に高まっていました。そのため、現在の原油価格水準でペトロブラスが追加借入を実施するのは困難な状況と言われています。

 

そこでペトロブラスは今年、追加投資を進めるより先ず、その債務削減を進める可能性があると言われていますが、それも中々難しい道になると予想されています。なぜなら、債務の返済計画は現在の投資計画の着実な進捗を前提にスケジューリングされていますが、ペトロブラスの見通しは為替が昨年で1ドル2.23レアル前提、原油価格が2015〜2017年で1バレル100ドル、2018〜2030年で1バレル95ドルを想定して作られている為です。為替変動によるレアル安は約1,000億ドルのドルオペレーションを実施しているペトロブラスにとって即債務の増加につながりますし、原油価格の下落は将来のキャッシュフローを低下させ、債務返済能力の悪化を意味します。またこれもこのブログでも以前伝えたように、ペトロブラスの昨年の生産量は初期の見通しの2013年比7.5%プラスには及ばす、5.5〜6.0%プラス程度と言われていることから、ペトロブラスの楽観的な原油価格前提、為替前提、 生産見通しに基づいた事業計画さらには、債務返済スケジュールは既に破綻していると考えられている為です。

 

そのため、今後仮に現在計画中のペトロブラスが参加するプレソルト開発に支障をきたすようなことがあれば、国際競争入札によりペトロブラス持分の一部が、新たな外資パートナーに分配され、ペトロブラスの負担を軽くする方法が取られるかもしれません。一方で、現法律下ではプレソルトに関する開発にはペトロブラスが少なくとも30%以上のシェアをとらなければならないことになっているので、今後その法律規制が撤廃されなければ数年間は新規鉱区の入札がおこなわれない可能性もあります(すなわち、ペトロブラスの持分のシェアダウンは30%超を持つ部分でしか行われないという事でもあります)。

 

国際相場における原油価格に関してはペトロブラスがコントロールできるものではありません。そのため、ペトロブラスは価格に目をむけるより、先ず自助努力として、汚職問題を早期に解決し、経営を安定させるとともに、大きくなり過ぎた企業体をスリム化し、筋肉質な企業に成り代わることが求められます。しかし、ブラジル政府が過半数を持つ企業となってしまった今、ことあるごとに政府から介入を受けることは目に見えているので、構造改革も一筋縄ではいかない中であっても、早期に国際社会からの信用を取り戻す必要があると感じています。